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マーケティングの歴史⑤:コトラーのマーケティング5.0

マーケティングの歴史⑤:コトラーのマーケティング5.0マーケティングの歴史⑤:コトラーのマーケティング5.0
  • 経済コラム
こんにちは。東洋経済ブランドスタジオの経済・ビジネスコラム。「マーケティングの歴史」の第5回です。
前回はソーシャルマーケティングの登場とコトラーのマーケティングについて解説しました。今回はグローバリゼーションの進展やインターネットの普及などの変化に伴い、マーケティングがどのように変化していったかを解説していきます。

マーケティング理論研究の衰退

 1980年代以降、マーケティング研究は領域の細分化と個別テーマを取り上げる研究が主流になりました。
この時代には、米国を含む先進工業国では産業の再編が進みました。米国では70年代後半から80年代初頭にかけてドル高や高金利が進行し、企業の国際競争力が低下していった一方で、情報通信産業やサー ビス産業が発展していきました。そこで収益性向上や経営の効率化を図ろうと、事業の再編やグローバルなM&Aが盛んになりました。経営者の関心は短期的財務に集まり、マーケティングの重要度が下がってしまいました
 マーケティング研究でも、成果が出るかわからない新たな理論の研究は敬遠され、短期的に収益を上げるためのマーケティング研究のニーズが高まりました。
 セントジョーンズ大学やセントジョーンズ大学などで教鞭をとったマーケティング学の教授のV.クマルは、2015年の論文「Evolution of Marketing as a Discipline:What Has Happened and What to Look Out For」で、「概念的な論文がマーケティング論の新しい知識を生み出しているが、最近の論文は実務家のものが多く、理論的論文の関心が遠のいている。新たな概念的議論やマーケティング論に今こそ取り組まなければならない」と述べました。

コトラーのマーケティング5.0

 20年に入り、最も世界的に影響を与えたマーケティング論が、コトラーの「マーケティング5.0」です。
コトラーは21年、経営コンサルタントのH.カルタジャヤとI.セティアワンとの共著『マーケティング5.0―人間のための技術(Marketing5.0:Technology for Humanuty)』を発表しました。スマートフォンの普及やDXの推進、強大化するプラットフォーマーなどの環境下で、これからのマーケティングはどうあるべきかの提言をまとめたものです。

 コトラーは、マーケティングは「マーケティング1.0」から順次「マーケティング5.0」に進化してきたと捉えます。

マーケティング1.0…製品志向。マーケティングの主な役割は、生産される製品を戦略的に購買者に販売すること。主な手法は安売りや広告がある。

マーケティング2.0…消費者志向。消費者はさまざまな情報を取捨選択して多様な製品の中から購買の意思決定をする。マーケターは多様な消費者の需要を捉えたマーケティングを実行する。主な手法は、製品への高機能やデザインの付加、セールスキャンペーンなど。

マーケティング3.0…価値志向。消費者は機能的・感情的な価値だけでなく、精神的な価値を求める。マーケターは自社の製品・サービスの社会的貢献に関するストーリーを構築することで差別化を図る。

マーケティング4.0…オンラインとオフラインの最適化。デジタル技術を活用したマーケティングの効率化と同時に、オフラインの顧客接触を重視し、企業と顧客を結び付けるアプローチ。

マーケティング5.0…AI、ロボティクス、AR(拡張現実)、VR(仮想現実)、IoT、ブロックチェーンなどを活用し、顧客のカスタマージャーニーのマップ上で適切な体験を提供すること。とくにAIを駆使し適切なマーケティング戦略を立案・実行できる。

AIを駆使したマーケティング施策の立案・実行

 コトラーが掲げたマーケティング4.0とマーケティング5.0は、消費者側の製品に対するアプローチの変化への対応というよりは、消費者を取り巻く行動環境・消費環境が変化したことに伴うマーケティングの実態の変化を定義するものです。
インターネットの急速な浸透とモバイル端末の普及により、消費者はこれまでよりもはるかに多くのチャネルで膨大な情報の中から情報を取捨選択し購買の意思決定につなげるようになりました。また、AmazonなどのEC小売業、GAFAなどのプラットフォーマーが力をつけてマーケティングの主体となっています。その一方で、デジタル化は人と人との接触や人間関係を希薄にし、そこに消費者は恐怖を感じてもいます。そこで企業はデジタル技術を駆使したマーケティングとオフラインでの接触を組み合わせてブランドへのエンゲージメントを高めなくてはならないというのが、マーケティング4.0のざっくりとした趣旨です。
マーケティング5.0はマーケティング4.0を前提とし、人間の認知や知見を拡張するさまざまな技術、とくにAIを駆使し人間の関与を最小限に抑えながら、顧客の行動やプロフィールに基づいて効果的に製品やコンテンツの推奨を行うことができるというものです。このようなレコメンデーションは、AmazonやNetflix、YouTubeなどのデジタルプラットフォームも重要になってきます。
 ただしコトラーは、マーケティング5.0を実行するのは結局は人であり、「技術は戦略に従う」ことが原則であるとして、的確にマーケティング・テクノロジーを駆使して戦略を策定し実行できるマーケターが求められるとしています。

 コトラーのマーケティング論は、すでにさまざまなデジタル技術の恩恵を受けながら購買・消費を行っている私たちにとっても非常にわかりやすい話です。
ただしデジタルマーケティングの高度化やAI技術を駆使したマーケティングテクノロジーの拡大は、コトラーが定義するようなマーケティング1.0から順を追った発展を企業側もしていかないと、ソーシャルマーケティング的な考えと衝突する可能性が高いです。現在、自社の短期的な利益のために、ウソや詐欺の広告を大量にインターネット上に出す、AIを駆使して著作権を侵害する画像やテキストを含んだコンテンツを大量に生成する、などの行為が問題になっています。目先の利益ばかりにとらわれると、消費者の広告やマーケティングへの不信感につながるばかりか、プラットフォーマーやパブリッシャーなどのメディアが信頼されなくなります。

まとめ

全5回でマーケティングの歴史を紐解いてみました。
市場の成長や顧客の思考の変化、それに伴うマーケティングアプローチの変容に伴い、さまざまな成功や失敗があったことがおわかりになったと思います。
そして歴史からわかるマーケティングの本質とは、「消費者と企業を信頼でつなぐこと」なのではないでしょうか。
消費者の課題を製品やサービスで解決する、消費者の欲求を満たす、そのきっかけとして広告プロモーションやPRを行うというのももちろんですが、社会課題に取り組む、倫理的な正しさを追求する、それを営利活動の中で正しく行っていくことが、これからのマーケティングの中で重要なのではないかと思います。


参考文献
『マーケティング論の史的展開と新潮流』 関根孝 同文舘出版 2024年2月20日初版発行
「1980 年代アメリカにおける企業合併・買収運動 : LBOを中心に」中本 悟 1990-09 季刊経済研究, 13 巻 2 号, p.54-82. 
「Evolution of Marketing as a Discipline:What Has Happened and What to Look Out For」V. Kumar, Journal of Marketing, Journal of Marketing