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マーケティングの歴史④:ソーシャルマーケティングの登場

マーケティングの歴史④:ソーシャルマーケティングの登場マーケティングの歴史④:ソーシャルマーケティングの登場
  • 経済コラム
こんにちは。東洋経済ブランドスタジオの経済・ビジネスコラム。「マーケティングの歴史」の第4回です。
前回は1950年代以降にマーケティング論が本格的に発展していく中で確立したマーケティング論について解説しました。今回は前回に続き、50年代以降に起こったマーケティングの概念の拡大・拡張について見ていきます。

マーケティングは消費者の利益を損ねている?

 マーケティングの概念が発展すると、「マーケティング(Marketing)」と「販売(Selling)」は区別されるようになりました。マーケティングは顧客のニーズを満たすことが目的であり、販売は売り手の在庫をさばいて売り上げを上げることが目的であると見なされました。

 ところが1950年代以降、消費者志向であるはずのマーケティングが、逆に消費者の利益を損ねていると批判されるようになりました。
 社会学者・ジャーナリストのV.パッカードは57年刊行の『The Hidden Persuaders』の中で、企業は「もっと買わせる」「捨てさせる」「計画的陳腐化(意図的に流行遅れをつくり出す)」「バーゲンセールで混乱をつくり出す」などのマーケティング戦略で、消費者に消費を強要していると批判しました。
 弁護士のR.ネーダーは65年刊行の『Unsafe at Any Speed―The Designed-In Dangers of the American Automobile(邦題:どんなスピードでも自動車は危険だ⦅1969年ダイヤモンド社⦆)』で、自動車産業が意図的に安全性を無視し消費者に事故のリスクを負わせていると批判しました。この本はベストセラーとなりました。

 消費者保護の機運が高まり、米政府もマーケティングの規制に乗り出しました。ケネディ大統領は、62年に消費者利益の保護に関する特別教書にて「安全の権利」「知らされる権利」「選ぶ権利」「聞いてもらう権利」の4つの消費者の権利を提示しました。1970年代に入ると、米連邦取引委員会によりマーケティングシステムに対する規制が強化されていきます。
 マーケティング業界では消費者保護の問題がカンファレンスやマーケティング誌の主要なテーマとなりました。67年には『Journal of Consumer Affairs』が創刊され、マーケティングの社会的・環境的責任の重要性が認識されるようになっていきました。

コトラーのソーシャルマーケティング

 従来マーケティングの対象として認識されていたのは、一般消費財やサービスなどの消費者向け製品と、機械や鋼鉄などの法人向け製品でした。このマーケティング対象を拡大したのが、P.コトラーとS.J.レビーです。
 1969年に発表した論文「Broading Concept of Marketing」の中で、マーケティングは従来考えられてきたよりもより広範な社会的活動で、例えば選挙では候補者、大学の学生募集では高度な教育が市場で売買されるとし、製品と消費者の意味は拡大すると主張しました。製品には、物的な製品だけではなく、人や組織、アイデアも含まれ、消費者にはクライアント、受託者、ディレクター、特定の組織に関心を持つ公衆、一般大衆が含まれるとしました。

 このアイデアは後に「ソーシャル・マーケティング」の源流となっていきます。ソーシャル・マーケティングは企業が利益や自社の顧客のことだけでなく、社会全体の利益や福祉向上を意識して活動するという考え方のことです。
コトラーとG.ザルトマンは71年の論文でソーシャルマーケティングを以下のように定義しています。
「社会的アイデアが受け入れられるために計画されたプログラムのデザイン、実行、統制であり、製品計画、価格政策、コミュニケーション、市場調査などが含まれる」
例えば社会に貧困や差別、教育格差といった問題があるとして、その社会課題を解決するための一連のプログラムがソーシャルマーケティングと位置づけられています。

コトラーの『マーケティング・マネジメント』

 1967年、コトラーが彼のマーケティング論をまとめた『Marketing Management(邦題:マーケティング・マネジメント)』を刊行しました。この著作は2022年の第16版に至るまで長い間再販を重ねています。
初版でコトラーはマーケティングとは「選ばれた顧客グループの欲求を満足させるという観点で、利益が上がるように企業の顧客に影響を与える資源、政策、活動の分析、組織化、計画策定、および統制することである」と定義しています。
 この定義において重要なポイントとしてコトラーは「統合的マーケティング、顧客満足を創造すること、利益を上げること」であるとしています。また、「顧客に影響を与える資源、政策、活動の分析」はマーケティングミックスを考え、「選ばれた顧客グループ」とは市場細分化を想定しているからとしています。さらにマーケティングは分析、組織化、計画策定、および統制の管理的活動から構成されるとしています。

 1972年の第2版ではマーケティングを「交換を円滑にして完了させることを狙った一連の人間活動」と短く定義しています。そしてこの定義に以下の注釈をつけています。
・生産や消費は他の動物にも見られるが、交換だけは人間特有の活動である
・交換には単独の場合と関係性を求める場合がある
・定義には意図的に客体を明示していない。伝統的には商品とサービスが想定されていたが、商品やサービスとともに、金銭、注意、献身、エネルギー、時間など価値を有するモノが交換されるのである
・マーケティングの主体として売り手と買い手のどちらの立場なのかという言及を避けている。近年、買い手との交換関係を求めて売り手によって遂行される活動をマーケティングであるとするのが一般的であるが、それは売り手との交換関係を求める買い手によって遂行される活動を見過ごすことになる

 コトラーはマクロ的なマーケティング定義に加え、ミクロ的な視点で「マーケティング・マネジメント」を定義しました。それは「個をもたらすことを意図したプログラムの分析、計画、実行」であるとしています。これにも以下の注釈がついています。
・分析、計画、実行、統制というマネジメントプロセスである
・マーケティング管理は望ましい交換をもたらすことを狙った目的をもった活動である。交換は通常は有形の財やサービスであるが、組織、人間、場所、アイデアに関する心理的交換の場でもある
・マーケティングマネジメントは売り手でも買い手でも、交換プロセスを刺激しようとする人によって行われる
・マーケティングマネジメントは、個人的または相互的な利益のために遂行されるが、倫理的意味では中立である。必ずしもマーケティングに倫理性を求めない
・マーケティングマネジメントは、効果的反応を得るために、通常4Pに集約されるさまざまな要因の順応と調整が重要であり、製品とメッセージを既存の態度と行動に順応させ、新しい製品とアイデアに態度と行動を調整するように機能しなければならない

まとめ

 マーケティングの発展により消費者に「より買わせる」「より消費させる」マーケティングが問題になりました。米政府による規制が強まる中で、マーケティングで扱う対象を物やサービス以外に拡張し、「売り手と買い手の望ましい交換を実現する活動」「社会課題を解決するための活動の一連のプロセス」のようにマーケティングの定義自体も変化していきました。広告を特定の層に接触させ物欲を刺激して物を売るといった活動だけがマーケティングではないのです。
 次回は社会主義経済の崩壊やグローバリゼーションの進展といった地球規模の経済活動の変化に伴い、マーケティングがどのように変化していったかを解説していきます。

参考文献
『マーケティング論の史的展開と新潮流』 関根孝 同文舘出版 2024年2月20日初版発行