「広告っぽさ」も、面白さが勝れば読まれる

「広告っぽさ」も、面白さが勝れば読まれる

新井泰嗣

途中で離脱されないために

東洋経済新報社の新井です。広告制作のディレクターをしています。今回は「広告っぽさ」と「面白さ」についてお話ししたいと思います。

私は、いつも「面白さ」を追い求めています。面白さが、ネット広告の世界で言われるPVとか滞在率とか読了率とかエンゲージメントとか、そういう課題の一切合切を解決してくれると信じているからです。公序良俗に反しないとか、その他もろもろをクリアしたうえでです、念のため。

ここでいう面白さとは笑いを生むようなウケる面白さではなく(それもアリですが、当社のサイトではあまりありません)、記事に引き込まれついついその先が読みたくなってしまうようなものです。初めて触れる知見、常識とは違う新しい考え方、今すぐ実用できるノウハウなどを使った面白さのことです。

一つ例え話をしましょう。

映画や小説で「いや、それないっしょ」とか「その設定、不可能だし」とツッコミを入れたくなる場面ありませんか? それがあまりにヒドい時、視聴者や読者は再生停止ボタンを押したり、手にしている本をソッと閉じたりすることになるわけです。度を越す場合には「今までの時間を返せ!」と怒りを買ってしまうことさえあります。

その一方で、とてもいい作品に出合い、その世界観に引き込まれていれば、少しぐらい矛盾やおかしいところがあっても気になりませんし、気がつかないことも多いでしょう。一瞬気になったとしても、すぐ物語の世界へと戻っていきます。

もっと言えば、多くの人に支持される作品では、その矛盾でファンが盛り上がるほどです。「スターウォーズ 矛盾」で検索すると、そこにはファンが自分で発見した作品の矛盾、疑問、ミスを「ドヤッ」と指摘して楽しんでいるページが多くあります。そこに作品をおとしめるような意図はありません。なぜなら、スターウォーズは面白い(とその人は思っている)からです。

面白さは、矛盾を凌駕するんです。

 

地道に、愚直に頑張ることの大切さ

そして、広告の話です。先に言い訳ですけども、広告を、映画や小説の「矛盾」とか「おかしいところ」に言い換えるのは大変申し訳ないのですが、広告には読者が敬遠したがる側面が厳然としてあります。アドブロックのソフトが人気になるほどに。

何が言いたいかというと、面白いコンテンツに仕上がっていれば、敬遠されがちな広告であろうとも読者は引き込まれ、最後まで読むということです。一つの記事広告で世界観をつくるのは難しいですが、新しい知見や考え方を提供することで、「え、そうなの?」「知らなかった!」「やってみたい!」と思わせ、読者を夢中にすることは可能だと思っています。

面白さは、広告っぽさを凌駕するんです。

方法はいろいろあります。広告主の商品やサービスの面白いところを切り出すということはもちろん、「ニュース」「物語」「歴史」「数字」「有名人」などを活用して、一つの記事広告をつくっていきます。

その詳細はまた改めてご紹介したいと思いますが、スペースに限りがあるので、最後に現実的な話を。

凌駕するとか何とか偉そうに言いましたが、多くのご依頼(いつもありがとうございます!)の中でそれがすべて実現できるわけではありません。いろいろな制約の中、広告が広告っぽくならざるをえない時もあります。PVなど、求められる指標が伸び悩むこともあります。

それでも、広告主の依頼に応えるために、また一人でも多くの読者に何かプラスの情報を届けるために、アイデアを絞り出し、原稿を洗練させ、タイトル1文字にこだわる、ということを私たちはしています。広告ディレクターとはそういう地道な作業を愚直に続ける集団であります。何の話かと言えば、東洋経済新報社のアピールでございます。

ここまで読んでくださった方にとって、このコラムの面白さが、当社の広告っぽさを上回るようなものになっていることを願いつつ、筆をおきたいと思います。キーボードで打ってますけども。

 

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