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第5回東洋経済CSRセミナー グローバル時代に求められるサプライチェーン・マネジメント

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2016年1月6日



 2015年5月27日に「第5回東洋経済CSRセミナー グローバル時代に求められるサプライチェーン・マネジメント」を開催した。参加者は53名だった。今回はその模様を報告する。

1.講演
2.パネルディスカッション

■講演
「新興国でのビジネスと人権リスク ~サプライチェーンでのCSR視点」

 新興国への事業展開が進むなかで、先進国ではこれまであまり課題とされていなかった人権問題が企業の事業上のリスクとして大きくクローズアップされています。自社の操業だけでなく、サプライヤーの労務・雇用状況、地域住民への対応、さらに消費者の権利についても企業の責任が問われる時代になりつつあります。

 そこで、今回のセミナーでは 株式会社 創コンサルティング代表取締役海野みづえ氏に国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(2011年)を踏まえ、国際的に認められた人権と事業活動についてご講演いただきました。

【講演者】
海野 みづえ(株式会社 創コンサルティング代表取締役)
=敬称略、役職は2015年5月27日時点

意識が高まる人権問題

 人権というテーマはわかりにくく、とっつきにくいネガティブなテーマといわれることが多いです。紛争や戦争で市民が家を追われる難民問題のようなイメージも強く、政府の問題で企業は関係ないと思われがちです。しかし、企業もこうした人権問題にかかわるような状況になっています。

 多くの問題は先進国よりも新興国(途上国)で発生しています。ビジネスがグローバル化しているなかで、原料購入などで海外とつながっていないビジネスはなく、多くの企業が関係しています。ところが主に国内で事業を行っている企業は、いまだに「うちはグローバルに活動はしていない」と考えがちなのです。

 グローバル化は、ひと昔前は「ヨーロッパやアメリカなどの先進諸国へ製品を売る」といった意味で使われることが多かったですが、最近は「新興国でのビジネスの展開」に変わっています。
 以前の新興国は労働力の安い生産拠点としての位置づけでしたが、今は市場として、「そこでどう売るか」というマーケティングの対象になってきています。

 ただ新興国では、政治体制が不安定であったりインフラが未整備であるなど事業環境が不十分なところが多い。工場を作り雇用を促進すると地元にとってプラス面も多いですが、一方で労働争議の発生といった問題も起きています。

 最近は世界でインターネットがつながり情報が入手できるので、人権侵害、労働者の権利について新興国側でもかなり理解されてきています。さらにNGOなどの人権団体が現場の状況を広めることで、さらに意識が高まっています。これまでは大きな問題が起きてこなかった企業も、今後は十分気をつけた方がいいのです。

ガバナンス・ギャップの拡大

  さて、人権問題の所在を考えるとき、まず認識してもらいたいのが、国によって異なる「ガバナンス・ギャップ」です。新興国では法律が存在しなかったり、あっても十分に施行されていないなど政府の統治が不十分な状況が多くあります。
 日本企業が「先進国では(環境対策など)コンプライアンスに対応しています」と言っても、現地の規制レベルが低ければ問題を起こしていることもあるのです。

 地元の人々も不満を感じていてもなかなか声に出せません。その国の政府に言っても取り合ってくれないことが多いのです。そこで政府に代わり国際社会が企業(特に多国籍企業)に対して、国際レベルでの「人権」を守るよう働きかける動きが広がっているのです。

 そのなかでも労働問題としては、移民労働や人身取引などが昨今の重要テーマとしてあげられます。たとえばマレーシアやタイといった新興国では、工業生産が拡大して労働者が不足し、単純労働や作業のきつい仕事を外国人に任せるようになってきています。そこでミャンマーやバングラデシュといった周辺の国からの移民労働者がこうした仕事を求めて集まっています。

 しかし、こうした労働者の雇用は違法性が多いことが現実です。悪意はなくても無意識のうちに人権侵害にかかわっていることがあるのです。

長い時間をかけて完成した「ビジネスと人権に関する指導原則」

 実は人権問題は世界的には以前から問題になっていました。たとえば過去に大きな問題となったナイキのように「自社工場を持たず、途上国の安く劣悪な環境で従業員を働かせている工場で委託生産している」と指摘を受け始めたのは1990年代です。それ以来、NGOがこうした問題を継続的に追及するようになっています。

 もともとNGOは「政府に対してモノを言う」ことが基本姿勢でしたが、それではなかなか変わらないため、直接グローバル企業に人権課題の活動を迫るようになりました。
 このような動きを受けて2003年に「人権規範」が国連の人権委員会の中で提出されましたが、これは最終的に企業の反対や先進国の慎重論から決裂し成立しませんでした。

 続いて、2005年にジョン・ラギー氏が事務総長特別代表に任命され、「人権規範」に代わる新たなガイダンスの作成に着手しました。そして2008年に「ビジネスと人権に関する『保護、尊重および救済』枠組みが採択され、さらに2011年に「ビジネスと人権に関する指導原則(国連指導原則、通称「ラギー原則」)」が国連人権理事会で承認されました。

 これは次の3つが柱になっています。
  1. 人権を保護する国家の義務 
  2. 人権を尊重する企業の責任(国が保護していなくても企業が人権を尊重する責任を持つ) 
  3. 救済へのアクセス(実際に人権侵害が起きた場合に救済する仕組みを作る)
 この指導原則のもとでは、直接事業の関係をもっている1次サプライヤーへの対応まで責任を持つとされています。さらに問題があると考えれば、もちろん2次、3次まで対応する方がよいのですが、まずは1次サプライヤーをしっかりと考えておくことと思います。

NGOや地域団体などとの関係も不可欠

 実際、先進企業がどのような対応をしているかというと、世界的な企業であるネスレやユニリーバなどヨーロッパの企業は、オックスファムなどの主要なNGOと協働してサプライチェーンの労働状況の実態調査をしています。
 NGOに依頼することでステークホルダーとのエンゲージメントになるというメリットもあります。

 サプライチェーンでのCSR視点は今後さらに重要になってきます。「B to B」での労務関係(労働者)ばかりでなく、自然資源の原料調達に関わる業種では、そうした自然環境に関わる状況も考慮する必要があります。私はこれを「B to N」(ネイチャーのN)のサプライチェーンといっています。

 たとえば、食品会社や木材会社などでは、自然破壊や持続的でない自然資源の利用が問題になっています。生態系の破壊はそこで働く労働者の労働環境や地域住民の生活環境の悪化につながり、人権問題としてとらえられているのです。

 さらに気候変動などで原料調達が不安定となり、それにより生活できなくなるなど社会不安も高まります。ビジネス上の原料調達の安定性からも、サプライチェーンのマネジメントを経営の重要事項として考えなければなりません。農村の地域住民らと協力するなど自然への対応を検討する必要もあるでしょう。

 サプライチェーンマネジメントでは、行動規範を作ってモニタリングし、活動するというステップが基本です。しかし、多くの日本企業は行動規範までは作っていますが監査は行っていません。今後、その点をさらに進めていくことが求められます。

■パネルディスカッション
「グローバルなサプライチェーン課題にどう取り組むべきなのか」

 後半は、パネルディスカッションを行い、「グローバルなサプライチェーン課題にどう取り組むべきなのか」について議論した。

【パネリスト】
●海野 みづえ(株式会社 創コンサルティング代表取締役)
●中尾 洋三(味の素株式会社CSR部専任部長)
●名越 正光(セガサミーホールディングス株式会社グループ内部統制室兼グループCSR推進室兼監査役室所属)

【モデレーター】
●岸本 吉浩(東洋経済新報社『CSR企業総覧』編集長)
=敬称略、社名・役職は2015年5月27日時点

CSR部門の役割は本質的な理解

 ――サプライチェーンリスクについてどのように考えていますか?

■中尾:

 味の素は国内の食品メーカーというイメージが強いかもしれません。しかし、販売地域は130カ国に及び、売上高の半分以上は海外となっています。全体の7割が食品で、BtoCが7割、BtoBが3割です。途上国での展開も進み、東南アジアや南米、アフリカなどで販売しています。原材料は途上国産なので、サプライチェーンリスクは大きいです。

 私たちは途上国でビジネスを展開するにあたっては、現地から原材料を調達しないと成り立ちません。そのため、多くのリスクを抱えています。食品企業ですから安定供給と品質のリスクもあります。

 気候変動や水問題などの環境問題にも配慮しつつ、サプライヤーの企業風土をチェックしていく必要があり、なかなか難しい対応が必要となります。

■名越:

 セガサミーホールディングスはアミューズメント事業、遊技機事業、コンシューマー事業の3つの事業を中心に行っています。
 サプライチェーンリスクは、パチンコやパチスロの遊技機事業とコンシューマー事業で大きいです。機器に使用する電子部品のサプライチェーンは主に中国や東南アジアにあります。
 また、玩具やUFOキャッチャーに使うぬいぐるみの生産なども中国や東南アジアで行っています。こうした工場で強制労働や児童労働の問題が発生するおそれがあります。
 
 対応としては昨年、セガサミーグループでグループ・マネジメントポリシーを策定しました。さらに「サプライチェーンCSR調達ガイドブック」も作成しました。その際に、サプライヤーがどのように認識しているかも調べました。主に電子部品や玩具・ぬいぐるみについて調査しています。

■海野:
サプライチェーンの対策としては、実際には関連部門と協力して対応すべきです。ビジネスモデルのどこにどのように影響していくか特定していくことを、CSR部門の皆さんがやるとよいと思います。

 味の素さんであれば、原材料部門などが関連部門に該当するでしょう。紛争鉱物についてはアメリカでは開示義務がありますが、かかわるのはアメリカ市場に上場している日本企業だけではありません。アメリカの製造業は、日本の電子部品を使っていますのでそうした会社から依頼されて対応を迫られていることが実状です。

 こうしたことは、顧客企業に対応している担当者がより敏感なはずです。顧客企業からの要請で、「○○に対応しているか」という質問を受けるところから始まります。現場で関係する部署がどう対応していけばいいかを、CSRの担当者も一緒になって考える必要があり、そこから対策を検討されることが現実的なアプローチです

レピュテーション向上としての取り組みも

――実際にどのような取り組みをされていますか?

■中尾:
 人権リスクはサプライチェーン上にあります。ただ、当社は電機やアパレルメーカーのように労働集約的な工場を管理しているわけではありません。食品のサプライチェーンは厚みがないので、すぐに農家レベルに行きつきます。

 途上国の農業は、零細農家がほとんどで、そこに対するアプローチをどう効率よく行うかが課題です。グローバル社会ではISO26000などのように企業の責任範囲を広げて考えていて、サプライチェーンやバリューチェーンで自社のみだけでなく自社の影響の範囲まで広げて責任が求められていますが、まだ当社では十分対応できていません。

 社内では市民社会から求められる人権リスクをなかなか認識できていません。これはヨーロッパと違い、日本ではNGOリスクが圧倒的に低く、サプライチェーン上の人権リスクをリスクとして認識しにくいためだと思います。

■名越:
 サプライチェーンにおける人権課題は労働面の意識が一番高いです。ところが、まだまだサプライチェーン、バリューチェーンを含めた人権まで思いが及んでいません。
 人権といえば、国内の社員に対する差別の問題しか意識されていないのが現状です。現在取り組んでいるのは、ISO26000の関連指導原則に書かれた、人権デューデリジェンスです。今後はセガサミーの事業全体に人権という光を当ててみたいと考えています。

■海野:
  日本企業の間では、人権といえば国内の人権問題にとどまっている企業が多いと思います。国際的な人権問題を理解していない段階で人権の体制だけ作ることは賛成しません。体制を作るだけでなく、デューデリジェンスまで対応するには、PDCAサイクルの中に、落とし込まなければなりません。

 ――推進はどのようにすればうまくいくのでしょうか?

■中尾:
 いろいろな問題が起こっていますが、その背景を知っているのはCSR部門ではないかと思います。社会の目や社会からの要求を把握し、経営者にきちんと理解してもらうことも我々の大事な役割ではないかと思います。
 特に、市民社会の動きをよく見ることは他の部門ではできないので、積極的に伝えていく必要があるでしょう。

 最近は、日本でもNGOが企業格付けやランキングを始め、企業同士を競わせるようになっています。従来はサプライチェーン関係の問題はリスク対応として企業は見てきましたが、レピュテーションを上げる、市民からの評価を上げて商品の付加価値を上げていくことにつながるというプラスの面もあるのではないでしょうか。リスクと両面で、会社を動かしていく必要があるのではないかと考えます。

■名越:
 社内連携や社内浸透でCSR部門が重要な役割を担っていることを自覚し、経営と現場をつなぐ、あるいは現場とNGOをつなぐことを意識しなければいけないと思います。
 今日、議論に参加して、さらにリスクの認識に力を入れなければならないと感じました。CSR経営の潮流やCSRの先進的な取り組みを知っているCSR部隊が一翼を担うことが重要だとあらためて思いました。

■海野:
  CSR部門の方が、「これはCSRに関係するぞ」という意識を持つことが大切です。最初はCSR課題としてではなく、「現場でこういう問題がある」といった形で出てきます。それをよく見ていくと、実は労働者の問題やその地域特有の問題だということがわかってきます。こうした場合は、CSRというより、人材や労働の話題として、担当部門と一緒に話していかなければいけないと思います。

 講演で海外企業の例を出しましたが、こうした企業はかなり進んだ対応を行っていると思いがちですが、彼らもかつてはステークホルダーの権利を侵害する状況はたくさんあったのです。

 それが、外部からの圧力を受けたことがきっかけとなって取り組むようになったのです。自発的に始めたのではありませんが、現在では外からの圧力に受け身で対応しておくという時代ではなくなっています。きちんと先手を打ち、企業自らがするべきと考えたことを行う。そうした会社が信頼される会社です。
 
 社内の浸透ばかりに目を向けるのではなく、まず外には多くのリスクがあることを社内に知ってもらう必要があります。
 多くの企業が海外に出て行かなければいけない時代になっていますが、日本とはまったく違う環境だということを前提にしなければなりません。人権リスクの対応が海外ビジネスの成否を握っているといえるでしょう。

――どうもありがとうございました。    

※第7回セミナーを2016年1月21日に開催します。
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